Coexist quite happily

An italo-japanese girl
trying to discover herself
in an upset world
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17世紀のフランスの宮廷料理人ヴァテール、 一般の人の間での知名度はそれほどでもないが、 シェフの間ではよく語られる人物である。 ホイップクリームやホワイトソースの考案者であり、 ヴァテールの名前がついた料理が幾つも存在する。

また、「メーン料理用の魚が調達できなかったために自決した」 誇り高き信念の人としてフランスの論理の教科書にも登場する。

ヴァテールはコンデ大公に仕えていた。 コンデ大公はルイ14世にかつて謀反したが、王の信頼を取り戻すための大勝負に挑む。 1671年4月、王を招いて3日3晩の大饗宴を開いたのだ。招待者の数は3千人、 総費用は20世紀末の日本円換算で三兆五千億円あまりと伝えられる。

オレンジが出されたが、 当時のヨーロッパにあったオレンジはバスコ・ダ・ガマが持ち帰った3株しかなかった。 また、ドーバー産の舌平目の料理が出されたが、 当時の流通手段を考えると、急ぎの馬車でも9時間以上を要したと思われる。

料理だけでなく、ゴンドラを使った大掛かりなオペラ、 4千発の花火などの余興もすべてヴァテールに任された。 幹事長、サービスマンの総責任者として主人の死活を左右する立場にあったのだ。

ヴァテールの自決後、 パリのホテル・リッツでは魚料理の欄に卵料理を載せるようになったと言う。 そして20世紀末、映画「宮廷料理人ヴァテール」が作製され、 これは2000年カンヌ国際映画祭オープニング作品となった。

If you only read the books that everyone else is reading, you can only think what everyone else is thinking.

—― Haruki Murakami, Norwegian Wood (via justbesplendid)